湿地保護は登録地拡大が急務ラムサール条約会議、93年釧路で開催

1990年7月7日、朝日新聞

締約国会議 釧路市で開催

水鳥が生活する湿地の保護を掲げたラムサール条約の締約国会議が、1993年に北海道釧路市で開かれることが決まった。同条約による日本の登録湿地は、釧路湿原など3カ所と欧米に比べ極端に少ないため、登録地の拡大が開催に向けての大きな課題。また条約加盟国の空白地帯になっているアジアに対する日本の役割にも、世界の目が集まりそうだ。

ラムサール条約とは
国際的に湿地の保全に取り組む必要性

ラムサール条約の正式名は「特に水鳥の生息地として国際的に重要な湿地に関する条約」で、国際協力による湿地の保全を目的にしている。ガンやカモなどの水鳥の多くは国際的な渡り鳥。水鳥を保護するためには、渡りの中継地や越冬地、繁殖地として重要な湿地の保全に国際的に取り組む必要があるからだ。

日本は1980年に加入

1971年にイランのラムサールで18カ国が参加して開かれた会議で採択され、1975年に発効、日本は1980年に加入した。現在59カ国に増えている。

釧路湿原、伊豆沼・内沼、クッチャロ湖

加入に際しては、1カ所以上の湿地の登録を義務づけられる。日本は第1号の釧路湿原(北海道)に続き、1985年に伊豆沼・内沼(宮城県)、昨年はクッチャロ湖(北海道)の計3カ所を登録。だが1989年1月現在で、イタリアの41カ所や英国の40カ所、デンマークの38カ所、カナダの30カ所など欧米諸国に比べ極端に少ない。

国際水禽湿地調査局(IWRB)

「釧路開催に向けて、登録湿地の拡大は急務」というのは国際水禽湿地調査局(IWRB)日本委員会の園部浩一郎事務局長。その候補地として国際水禽湿地調査局(IWRB)日本委員会は昨年、「水鳥の生息地として特に重要な湿地」24カ所(登録ずみの3カ所を含む)と「重要な湿地」51カ所を選定し、『日本湿地目録』を出版した。

ラムサール条約の締約国は欧米に集中しており、アジアでは日本のほかインドやパキスタン、ベトナム、ネパールなどが加入している程度。「この空白をどう埋めていくかも、次ぎの開催国である日本の課題になる」と環境庁は話している。

●特に重要な24湿地IWRB日本委員会選定

サロベツ原野、クッチャロ湖、風蓮湖、釧路湿原、ウトナイ湖(北海道)▽陸奥小川原湖沼群(青森県)▽伊豆沼・内沼(宮城県)▽霞ケ浦・浮島湿原(茨城県)▽東京港内湾(東京都、千葉県、神奈川県)▽河北潟、片野鴨池(石川県)▽浜名湖(静岡県)▽汐川河口、藤前・庄内干潟(愛知県)▽木曽三川下流部(岐阜県、愛知県、三重県)▽琵琶湖(滋賀県)▽宍道湖・中海(島根県、鳥取県)▽阿知須干拓地(山口県)▽吉野川河口(徳島県)▽博多湾・今津(福岡県)▽有明海(長崎県、佐賀県、福岡県、熊本県)▽出水(鹿児島県)▽漫湖、網張(沖縄県)

「湿地」危機の保全を探る、ラムサール条約会議控え

大阪、1992年10月6日、朝日新聞

アジア湿地シンポジウム

消滅の危機に最もさらされた自然環境

地球上で消滅の危機に最もさらされた自然環境といわれる湿地の保全のあり方を探る「アジア湿地シンポジウム」が1992年10月15日、大津市の琵琶湖研究所で開幕する。アジアを中心に21カ国の学者や政府関係者、6つの国際機関から計約150人が参加し、10月19日からは会場を北海道釧路市に移す。その釧路では、湿地の国際的な保全をめざすラムサール条約の第5回締約国会議が1993年6月に予定され、条約は大きな転機を迎える。釧路会議に先立って開かれる10月のシンポジウムを機に、条約の意義や課題を考えた。

地球規模で進む湿地の破壊

湿地の破壊は地球規模で進んでいる。国際自然保護連合によると、米国では54%、ニュージーランドでは90%の湿地が消失、フィリピンでは沿岸漁業の拠点となるマングローブ湿地が67%も失われた、という。破壊の引き金は過剰な開発だ。

「消えゆく湖」アラル海

「消えゆく湖」といわれる中央アジアのアラル海は、かつて世界第4の湖だったが、綿花栽培のための大規模かんがいで砂漠化が進み、1960年に比べて水量が66%も減った。21世紀前半には消滅する恐れが強い。アフリカ大陸から渡り鳥がくるスペイン南部のドニャーナ湿地は、水質汚染が深刻な状況だ。

ワイズ・ユース

ラムサール条約は、このような危機にある湿地について、人間から隔離するのではなく、その豊かな生産力や自然の機能の「賢明な利用(ワイズ・ユース)」を主な目的に掲げ、「人間のために」「自然特性を維持」しながら利用することにポイントをおく。

対象には、天然の湿原だけでなく、海岸の浅瀬や干潟、水田、さらにダムや運河、水路など人工のものまで含み、淡水か海水かも問わない。

第4回締約国会議 1990年
「賢明な利用」に関する委員会を設置

1990年にスイス・モントルーで開かれた第4回締約国会議では、その目的に向けて、(1)湿地に影響を及ぼす恐れのある事業計画には立案段階から環境影響評価を行う(2)過剰利用にならないよう規制する(3)住民の要求を考えて、管理計画を立てることなどを具体的に示した。さらに、「賢明な利用」に関する委員会を設置。世界各地の事例を調べ、釧路の第5回締約国会議での報告を求めた。

そのため、釧路会議が今後の湿地保全のあり方を方向づけることになるといえそうだ。10月のシンポジウムは釧路会議のプレ会議とされ、アジア各地からの事例報告もある。

水辺の生物との共存

例えば、マレーシア・サンマレーシア大のアリ助教授は、大規模な害虫駆除を避けることなどによって、水辺の生物との共存をめざす水田管理のシステムを紹介する。条約に加盟したばかりの中国は、林業省野生生物保護局の担当者が、条約の登録湿地6カ所で取り組んでいる漁民たちへの啓発活動などを報告する。

1971年、イラン北部の都市ラムサール

この条約は1971年、イラン北部の都市ラムサールで開かれた水鳥と湿地に関する国際会議で採択された。

加盟国70ヶ国

豊かな生態系を持つ湿地の重要性が国際的に注目されるようになるにつれ、条約の趣旨に賛同する動きが広がり、今年8月現在、70カ国が加盟。スイスにある条約事務局に登録された湿地の総面積は、全世界で約3,000万ヘクタールにのぼる。

しかし、アジア地域の加盟国は、まだ11カ国だけ。シンポジウムの開幕地に大津を選んだのは、アジア諸国に加盟を促す狙いもあり、わが国最大の湖である琵琶湖の持つ求心力に期待した、という。

シンポジウム事務局を務めるラムサールセンターの武者孝幸さんは「山紫水明といわれた日本の風土の中で、湿地は環境として意識されないほど、存在が暮らしと一体化していた。いま注目されるのは、汚染が身近に迫ってきたからだ。シンポジウムを通じて、湿地の社会、文化的な価値を再認識してほしい」と話す。

磯崎博司・岩手大助教授

ラムサール条約に登録されている国内の湿地は、北海道の釧路湿原、クッチャロ湖、ウトナイ湖と宮城県の伊豆沼・内沼の4カ所にすぎない。総面積は1万400ヘクタール。1993年の釧路会議を機に、登録湿地を増やそうという動きも出てきた。条約の意義や運用などについて、ラムサールセンター会長の磯崎博司・岩手大助教授(国際法)に聞いた。

--ラムサール条約の意義と課題は。

自然保全に関する条約や法律は、種の絶滅を最終的に防ぐことを目的としたものが多いが、この条約は、絶滅に至る手前で、その種を支えている生態系そのものを保全しよう、という制度だ。関連する日本の国内法には、自然保全だけでなく、国土利用計画法など開発に関する法律も含まれてくる。これらの法律をいかに有機的に運用するか、が課題といえる。

--条約に登録するための手続きは。登録されると、どう変わるのか。

湿地を抱えている地方自治体からの要請を受けて、環境庁が条約でうたう「国際的に重要な湿地」かどうかを基準に指定する。条約事務局には届け出るだけでよく、指定にあたって大切なのは地元住民の合意だ。登録湿地が生態学的に変化したり、その恐れがある場合は、条約事務局への報告が義務付けられており、湿地の監視を継続して行うことが欠かせない。それが湿地の保全につながる。

--シンポジウムの狙いは。

世界の有識者による「環境と開発に関する世界委員会」が、地球再生の手立てとして「持続可能な開発」という考え方を打ち出したが、6月にリオデジャネイロで開いた「地球サミット」では抽象的な議論に終始した。この理念はラムサール条約でいう「賢明な利用」と同一のものといえる。シンポジウムは、「賢明な利用」の事例報告を中心に据え、アジア地域の価値観を来年の釧路会議に反映させて、リオでの論議を具体化する狙いがある。